そんな訳で、この日はレコーディングスタジオのブースの壁をハンマーでぶっ壊して、
要するに「2つの部屋を1つにする」作業が始まった。
「素人がコンクリートの壁を壊すなんて事ができるのか?」
と疑問に思いながらも、とりあえず思いっきりハンマーを振り上げて壁にぶち当ててみる。
びくともしない。
何度か振り上げて壁に当てていくと、
僅かではあるがコンクリートが削れてきているのがわかった。
「これは長期戦になるな」
皆がそう確信した。
狭いレコーディングブースに大の大人が四人集まってハンマーを振るってるので、暑いし湿気が多くてクラクラする。
なかなか壊れない壁だが、たまにハンマーでボコッと穴が空くと気持ちの良い手応えを感じる事もあった。
さっさと終わらせようと、
僕は思いっきりハンマーを振りかぶり壁にぶち当てた。
この時の事は、何がどうなってそうなったのか今だにわからないが、
壁に何度目かのハンマーをぶち当てた時に、
自分の右手親指の爪が飛んでいくのが見えた。
えっ
一瞬状況がわからなかった。
まるでHUNTER×HUNTERのキルアに一瞬で心臓を盗まれた男の様に、僕は自分の爪が無くなった事を瞬間的に理解する事ができなかった。
みるみるうちに親指はどす黒く変色していき、内出血と共に別の切り口から血も噴き出してきた。
もっと上手に盗んでくれよキルア。
気付けば僕は激痛のあまり動けずに、大量の冷や汗をかいて座り込んでいた。
それを見た榊原は
「中村ー!!どうしたー!!」
と駆け寄ってきた。
僕の悲惨な右指を見るなり、
「病院行くぞー!!」
と言って車を手配し、病院に連絡し、
榊原が運転する車で病院に直行した。
テキパキしてんなー。
激痛の中、僕はそう思った。
病院までの道中も助手席で痛がる僕を
「大丈夫かー!?」
と、榊原は励まし続けてくれた。
まだこの男に会って2ヶ月ぐらいしか経っていなくて、彼に対して心を開いてる訳でもなかった僕だったが(若かったし)
「この男になら付いていっても良いかもしれん」
「いやむしろ、ついて行こう」
そう思えるぐらい、男気に溢れていた。
病院に着くと、右手が使えない僕は榊原に財布を渡した。
榊原は何も言わずともわかってると言った具合に、僕の財布から免許証と保険証を取り出し受付を済ませてくれた。
緊急外来で処置室にすぐ呼ばれ、応急処置を受けた。
処置を受けている間、
(あーほんと迷惑かけたなー、待合室戻ったら雄一さんに謝ろー)
と、申し訳ない気持ちになっていた。
幸い、内出血と骨に少しヒビが入ったぐらいで大事には至らず、親指包帯グルグルで処置室を出た。
一目散に待合室で待ってくれていた榊原のところに行き、謝ろうとすると・・・
榊原はさっき渡した僕の免許証をニヤニヤした様子で眺めながら、
「ぎゃはははは、おめー誕生日クリスマスイブなんだな!でれおもれーがや!」
と言い放った。
やっぱりこの人に付いていくのはやめようと思った。
続く。
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