そんなこんなで、
その雑貨屋の女性店員に連れて行かれた先にあったのは、やはり「悪そうな外観の建物」だったのである。
なんと。
まさかあのこじんまりした可愛い雑貨屋が、この「悪そうな外観の建物」の系列店だったとは。
ちなみに名古屋MUSIC FARMを知らない方は
「悪そうな外観の建物」と書いても全くピンとこないと思うので、
実際の写真がこちら。
悪そうでしょ?
なんともショッキングな状況に遭遇してしまうと同時に、
その「悪そうな外観の建物」が「名古屋MUSIC FARM」という名前のライブハウスだという事も初めて知った。
凄い場所に来てしまった。
音楽が好きで学生時代もバンドをやっていた僕は、社会に出てからも「バンドをやりたい」という想いをずっと持っていたものの、
田舎育ちでライブハウスの存在などハッキリと理解しておらず、
「バンドを組んだらCD出してテレビに出て東京ドームでライブするもんだ」
という認識しか持っていなかった。
そんな田舎者にはあまりにも刺激的な場所だった。
連れ回されるがままに建物の2Fにある事務所的な場所に通され、
中に入るとさらに細い階段を登り3階まで通され、
奥にある薄暗い部屋の中にあるテーブルの前の椅子に腰掛けた。
するとすぐに当時の社長が来て、
「よろしくねー」とフランクな挨拶をされ、
その面接で何を聞かれたのか何を話したのかはよく覚えてないが、
一冊のビジネス本を渡されて、
「これ貸してあげるから読んどいてよ」
と言われたのは覚えている。
そのまま採用となり、家路についた。
面接の中で、あのこじんまりした雑貨屋はやはりMUSIC FARMというライブハウスの経営者が運営しており、
その雑貨屋では地元のインディーズバンドを中心としたCDを委託販売しているという事も教えてくれた。
そして雑貨屋の建物の2階には、バンドをプロデュースしたりグッズを制作したりといったマネジメント的部署が入っていたり、
様々な事に取り組んでいるようであった。
まあとにかく予定通り雑貨屋の方で採用になったので、
「直接あの恐そうなライブハウスに関わる事も無いだろうし気楽にやろーっと」
と考えていた。
家に着いてカバンから面接で借りたビジネス本を取り出したが、
2ページ読んだところでそっと閉じた。
今でこそビジネスに強い関心がある年になったのでビジネス本を読む機会もあるが、
10代の自分にそんな本が読めるはずも無く、むしろ
「クソつまらないそのビジネス本を2ページも読んだ自分」
をスタンディングオーベーションで讃えてあげたいぐらいだった。
そんなこんなで雑貨屋でのバイトがスタートしたのだが、思ったよりMUSIC FARMとの関係が強く、
その日出演するバンドがお店に来ては
「お店にCDを置いて欲しい」
とお願いされ、そのバンドのライブを観させてもらう事もしばしばあった。
僕は店の隣のMUSIC FARMに行く度に物凄く胸が高鳴るようになっていた。
薄暗い店内にステージがあって、照明にチカチカと照らされたバンド達が大きな爆音で音を鳴らしている。
そして観客がその演奏に応える様に感動したり楽しんだりしている。
その光景を見る度に何度も鳥肌が立ち、
外に出る時はいつも言いようの無い満足感に満ちていた。
「今のバンドも凄く良かったなー」
と思いながらまた隣の雑貨屋の仕事に戻った。
そんな生活が2ヶ月程続いた時に、
その雑貨屋で働いていた女性店員から思いもよらぬ事を言われた。
「実はね、ライブハウスの職員と、2Fの部署の職員と、私も含めて、あと2ヶ月でスタッフ全員辞めるのね。」
え?っと一瞬わけがわからなくなったが、
彼女は辞める理由を詳しく話す事無く、
僕もまた聞こうともしなかったが、
どうやら経営者とソリが合わないようなニュアンスだった。
「それでね、この雑貨屋も閉店して、中村君にはライブハウスの方のスタッフとして働いてもらえないかなーと思って」
えーーーっ
そんな流れーーーっ!?
正直やだなーと思ったが、
新規一掃、新しいスタッフとライブハウスを一からやれるのは少し魅力的でもあった。
「新しい店長も来るから、楽しくやってね!」
そう言われると僕の口から出たのは
「はぁ、、」
と言ったため息混じりの相槌だけであった。
数日後、その女性店員が
「今日、新しい店長来るよ」
と言ってきた。
僕はなんだかソワソワしていた。
これから会う人が自分の上司になるので、
嫌な人だったら辞めよう。
単純にそう思っていた。
夕方頃、ついに僕がいる雑貨屋に
女性店員に連れられて「新店長なる男」がやってきた。
その男は、背丈は大きくなく
格好はラッパーのようないわゆる当時で言うB系というかダボっとした服装で現れた。
そしてその男は決して笑顔でもなく、
腰が低い訳でもなく、
ただ与えられた台詞を読み上げるように、
「どうも榊原です。」
と名乗った。
歴史に残るほどの棒読みだった。
こんなにも感情のこもってない自己紹介は初めてだった。
ただ、こんなぶっきらぼうな男だが、
「榊原です。」の前に「どうも」を付けたのが、
彼なりの精一杯の礼儀だったのかもしれない。
挨拶も早々に、彼と女性店員はライブハウスの方へ向かって行った。
再び店内に1人になった僕は、
ふーっと一息つくと、
「スチャダラパーに居そうだな」
そう思った。
それが榊原雄一との初めての出会いであった。
続く。
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